無意識の行動と感情の選択に気づいた話

画像出典;GIRLY DROP(http://girlydrop.com/)さま
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こんにちは。うみ(@sweeticxoxo)です。

仕事からの帰りに信号待ちをしているとき、私の横に中学時代の同級生に似た女性が来ました。

もう何年も会っていないはずなのに、その同級生のことをすぐに思い出しました。

声も背格好もそれくらいそっくりだったのです。

わたしは声をかけ…ずに、ひたすら気づかれませんようにと下を向きました

同級生かもと気づいたときに、反射的に思ったのです。

恥ずかしい。ここで会ったら困る。と。

信号が変わって横断歩道を渡り終えたら、彼女はわたしと反対方向へ歩いて行きました。

結局その女性が本当に同級生だったかどうかは分かりませんでした。

 


* 取る行動は選択できる


この場面でどんな行動をとるか、本当はわたしにはいくつか選択肢がありました。

 

1:自分から声をかけてみる

もし同級生のあの子だったら、思い出話に花が咲いたかも。

中学校を卒業してからどんなことをしていたのか立ち話ができたかも。

もしかしたら今日をきっかけとして仲良くなれたかも。

 

2:堂々としている

もし同級生本人で、わたしが前を向いていたら、声をかけられたかも。

堂々としていても、わたしだって気づかれなかったかも。

 

そしてわたしが選んだのは、

3:気づかれないように隠れる、でした。

何事もなく、出会って別れる。まるで最初から出会っていなかったかのように。

 

複数の選択肢があったにも関わらず、あの時のわたしにはひとつしか見えませんでした。

気づかれたくないという思いが根底にあったからです。

その思いを軸として、条件反射的に3番を選択しました。

 


* 過去の選択=現在の習慣


今までにこのような無意識の選択がいくつも重なって、わたしの選択の習慣ができあがりました

同じような場面で1番を選ぶ人、2番を選ぶ人、3番を選ぶ人。

何度も何度も繰り返し選択していったら、それぞれ異なった未来になるのは普通のことだと思います。

だからこそもし理想とする自分があるのならば、自分の望む未来に沿った選択をする必要があるのでしょう。

 

そしてもうひとつ。わたしは感情だって選択できたはずなのです。

それなのにどうして恥ずかしい。ここで会ったら困る。という思いを持ったのでしょうか。

 

・劣等感ばかりで自分に自信がなかったあの頃のわたしを知られている

→相手はもう忘れてしまっているかもしれないのに

 

・自分の「こうありたい」「こう見られたい」と「現実」が不一致

→相手はわたしがどうありたいかなんて知るはずもないのに

 

懐かしい!って思っても、元気にしてるんだなって思ってもいいはずなのに、わたしはひとりこんな風に思って、判断して、そういう感情を抱いたのです。

これもまた、感情の習慣、なのだと思います。

 


* 選択は瞬時に行っている


信号待ちのひととき。ほんの一瞬。

わたしはその短い時間の中で、行動と感情に関わる二つの選択をしていました。

いくらでもある選択肢の中から、自分の過去の選択の積み重ね(習慣)から、自分が「1番良い」と思うものを瞬時に判断しているのです。

「こっちとそっち、どちらがいい?」と明らかな選択の場面だけではなくて、時には「1番良い」ものしか見えなくて、それが選択したものだとすら気づかないことすらあって。

そんな時を含めたらわたしたちは1日に一体どれほどの選択を重ねているのでしょうか。

そして「自分で選んでいる」と自覚しているものはどれくらいあるのでしょうか。

きっと、すごく少ないのではないかと思います。

 

選択を変えることは確かに未来を変えるでしょう。

だけれども「これは選択なのだ」「今わたしは選択の場面にいるのだ」と気づくこと、意識することが最初に必要なのではないかと思うのです。

 

最近、今まで無意識で行っていたことに対して、「これも習慣なのだな」と気づくことが多いです。

あまりにも多いので、この際、自分の中で習慣となってしまっていること全てを洗い出したいです。笑

 

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