重ねてきた選択、重ねていく選択

画像出典;GIRLY DROP(http://girlydrop.com/)さま
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こんにちは。うみ(@sweeticxoxo)です。

選挙のため久しぶりに卒業した小学校へ行きました。

母校では卒業する時にグラウンドを囲む壁にクラスみんなで絵を書く伝統があります。

わたしたちが卒業する時も絵を書いたのですが、投票後にその絵を見てきました。

 


* この十数年間は一瞬のようだった


その絵を書いた当時小学6年生のわたしは、何も知りませんでした。

同じ小学校の大部分の人と一緒に公立の中学校に進むことが当たり前で、その「当たり前」を抜けた先に広がる未来を想像することはできませんでした。

今のわたしは知っています。

中学校を卒業したら、ちょっと遠い高校へ進学すること。

中学校も高校も、ちっとも楽しくない学校生活に悶々として、小学校が懐かしいと思いながら過ごすこと。

高校を卒業したらこの街から離れたい一心で、遠く離れた街の大学へ通うこと。

大学卒業後はその街でしばらく働いて、故郷に戻ってくるのは7年後。

そして外国へ行って帰ってきて、今ここに再び戻ってくることを。

 

長い年月が経って、その絵の前に立って、なんだか夢を見ていたようだなと思いました。

わたしが小学生の時に見た風景と、今のわたしが見ている風景は、何一つ変わらずに存在していたからです。

義務教育を終えて、遠い街にひとりで住んで、長くこの場所を離れていたことが、全て夢だったのではないかと。

小学校を卒業してから乗り越えてきた色々な出来事が、その時の自分が、本当に存在していたのかしら、と。

冬の寒い日に友達と無邪気に駆け回ったグラウンドも。

委員会で遅くなった帰り、窓から差し込む夕日に目を細めた下駄箱も。

蝉が鳴く夏の日の体育館で、ぼんやりと聴いていた校長先生のお話も。

ここで手を伸ばせば、また触れられそうで。

小学6年生から一瞬にして、「今」になってしまったような感覚に包まれました。

 

でもそれは、絵を前にして見た錯覚でしかありません。

実際は、あの頃からたくさんの選択を重ねて重ねて、そしてまたこの絵の前に辿り着いた。

時間を経て戻ってくることを選んだ。

ただそれだけです。

 


* 選択を重ねていくことを選ぼう


* あの時、別の道を選んでいたら?

この3年は、引越しを伴うような(自分にとっては)大きな決断の連続でした。

だから時々、あの時に別の選択をしていたらどこでどんな今を過ごしていたのだろうと思うことがあります。

 

その絵を見て「今の環境を選んだことは正しかったのだろうか」なんて思いながら歩いた帰り道、友達からメッセージが届きました。

その子は昨年知り合った友達で、今はわたしも彼も互いに母国に帰って生活しています。

メッセージは非常にシンプルなものでした。

「うみ、久しぶり。元気にしている?」

あ、これが今のわたしの答えだ、と思いました。

 

 

* わたしの選択は、「正しかった」

彼もわたしも外国人で、互いに、あの時期にあの場所に来る選択をしたから出会えました。

過去の選択が互いに何か一つでもずれていたら、彼とは絶対に出会えなかったのです。

過去のわたしが重ねた選択と、彼が重ねた選択が合致して、出会って、今こうして離れていてもわたしを思ってくれている人がいる。

それだけで「正しい」と思う理由は十分でしょう?

 

戻りたい場所があるなら「もう一度戻る」という選択を重ねたらいい。

決して過去の選択に後悔したり、思いを馳せるのではなく。

そしてたくさんの選択の上で出会うことができて、今も大切に思ってくれている人を、わたしも大切にしよう。

わたしを大切にしてくれる人をとびっきり大切にしよう。

出会って、ご縁が続いているというのは、本当に奇跡的なことだから。

 

過去に重ねた選択の上に、今がある。

そして今日もまた新しい選択をして、時間を紡いでいく。

その先に未来のわたしがいる。

昨日のわたしが小学6年生のわたしの欠片を見つけたように、未来のわたしも今日のわたしの欠片をいつか見つけるのでしょう。

 

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